「お金は、この世の学びを行うためのツールである。」私は、日々、強くそう感じる事があります。
この日本という国では、お金が無いと生きてゆく事ができません。
そして、この私たちの住む日本という国では、お金の有る無しによって、自由の度合いが大きく異なってきます。
よく「お金が全てではない。」と言っている方がおりますが、私は「お金が全てである場合もある。」との事も言えるのではないかとさえ思える事が多々あります。
私が人と会う場合でも、食事代や、交通費等の交際費というものがかかります。
それに衣類を買うにも、またDVDを買うにも借りるにも、お金というものが必要不可欠です。
また、お金が無ければ米を買う事もできず、生きてゆく事もできません。
例外としてお金をあまり用いずに、ホームレスとして集団生活をし、それで食する事を助け合い、生活している方々もおります。
ですが、彼らは、「食べる事のみ日々追い求めている」事が多く、競馬を楽しんだり、好きな物を購入したり、といった事とは、縁遠い生活をしている方が大勢おります。
そのような事から、私たち人間、特に日本に住む人々は、日々「お金」というツールを通してこの世の学びを行っているように思えてきます。
また、お金持ちであるために、社会に出る事を拒み、逃げ続けている方々にも数人、私は出会ってきました。
今の私にとっては「お金が全て」と思っているのですが、お金が沢山あるために、逃げの人生を送っている、という人もおります。
お金が沢山あるために、厳しき社会生活の場より逃げる選択肢を与えられている人々もいるのです。
その方々にとってお金は、かなり危険なものなのかもしれません。
よって、良くも悪くも、人は日々お金によってこの世の学びをさせられていると、私は強く感じております。